生まれて初めて本格的なプレーニングをしたのは、ウィンドサーフィンを始めてから約1年が経過した夏の事だった。
水しぶきを上げて短時間のプレーニングなら経験していたが、どうしてもストラップにつま先を入れて本格的なプレーニングに移行することもできず、そのまま失速していたのが常だったのだ。

ウィンドサーフィンを始めて、最初の関門がボードの上に立つ事、二つ目はセイルアップの作業、そしてセイルに体を預けて真っ直ぐ進めるようになると次にぶつかるのがハーネスワークだろうか、あるいはハーネスを使わずにプレーニングを体験する事もあるだろう。

ストラップに足先を少しばかり突っ込んで爆走するまでには、いくつかの段階がある。
風を掴んで走り始めると、ボードは中央部から飛沫をあげて走り始める。
接水面が大きい為に水の抵抗が大きく、そこから更にスピードを上げるには接水面を小さくする必要があるのだ。

セイルを引き込み推進力を上げて強引にプレーニングに持ち込む事もできるが、足が不安定では突風にも耐えられず波には弾かれてすぐに吹っ飛ばされてしまう。

しかし足をストラップに入れるには、走り始めた時に立っている位置からストラップの取り付けてあるボード最後部に移動しなければならないのだが、その移動は速度と接水面積の減少に伴うボード回転中心の後方移動とシンクロしていなければならない(と勝手に自分は思っている)。

以下の話は、何故ウィンドサーフィンのボードが動くのかを判っていなければ面白くないと思うので、寄り道をして自己流の解釈だが説明をしてみようと思う。

※一昔前の知識なので、とんでも理論だった場合は、ご指摘ください

まずはニュートラルな状態から

これは今回のネタの時に乗っていたロングボード
コースレーシングなどで使用する380cmのボードの簡単な図である。

一般的なスラロームやウェイブボードとは遊び方が異なるボードで、風上にダガーと呼ばれる大きなフィンをボード中央下部に装備(角度可変)してヨットのように理論値45度近い角度でぐいぐいと風上に上って行く事が可能である。

注:ショートボードと呼ばれる260cm−280cm程度のダガーを持たないボードでも速度さえあれば風上に恐ろしい速度で上る事は問題ありません。
むしろ、風さえあればロングボードよりも遙かに速く上れます。

赤いフィンがスケッグと呼ばれているフィンです。
これが無いと直進できません。

黄色いのはセイル
風を受けて推進力を発生させます。

ピンク色はブームと呼ばれる器具で、これを両手で握ってセイルやボードを(体全体を使って)コントロールします。

重要なのは、ボードの回転軸(接水面積によって前後に移動する)とセイルの推進力の中心(風圧中心)が上下の軸線上で一致したときに真っ直ぐ進む事ができるのです。

ボードの回転軸(この絵の場合白いダガー付近)よりも前にセイルの風圧中心を持ってくるとボードは風下側にターンしようとし、逆の場合は風上側にターンしようとします。
(ボードを傾けてボード左右の水に対する側面抵抗の差やボード底部の湾曲を利用して曲がる方法も併用します)

その風圧中心って、何?というのが、下図です。
航空力学に詳しい人は笑っちゃうかもしれませんが、こんなイメージです。


黒丸がマストと呼ばれる芯棒で、カーボンのマストなんかは当時実売で5万くらいしました(関係ないですね)。

赤い部分がセイルの断面です。

飛行機やフォーミュラーカーなんかのウィングと同じ原理なのですが、左図でセイルの上側を通る空気は下側を通る空気よりも、セイルが湾曲している分長い距離を移動する事になります。

同じ位置(セイルの先端:リーディングエッジ)からスタートして、上側の方が下側よりも長い距離を移動するのにゴール(セイルの末端:トレーディングエッジ)では同着なのです。

つまり、上を通る空気の方が下よりも速い速度にならなければ同着でセイルの末端に到達はできません。

同じ処から始まった(密度が同じ)空気は速度を上げると密度が下がります。
そうして、セイルの上側は空気の圧力が下がり上に引っ張られる力(揚力)が発生します(抗力は無視しています)。

セイルの風に対する角度を迎角と呼びますが、セイルに迎角をつけると揚力が増して行き(抗力も増して行きます)、最後に空気がセイルに沿って流れる事ができないくらい角度がつくと空気が剥離して揚力を一気に失います。

ヨットをやっている人には自明の事だと思いますが、ボードが動き出すと自分が空気の中を移動する事で進行風という見かけ上の風が実際に吹いている風と異なる角度(ボードの進行する前方から)発生します。

青矢印が実際の風向きと強さ、緑矢印が進行風の方向と速度による強さ
赤矢印が見かけ上感じる風の向きと強さです。

セイルが受ける風の向きは「実際に吹いてくる風の方向」と「進行風の方向」からの風力の合力方向から吹いてくるようにボード上では感じます。

そのため、ボードが動き始めたらボードの真横から吹いていた風が前方斜め前から吹いてくるようになるため、揚力を維持する為にはセイルを変化する風向きに合わせて引き込む(迎角をつける)操作が必要になります。

高速でプレーニングしている時は、セイルの下部がボード上に接地する程引き込み、風圧の逃げ道を塞ぐ事で、よりパワーを発生させる事ができるのです。
(空気は圧力の高いところから低いところに逃げようとするので、セイルの末端まで移動する前にセイルの下から逃げてしまうとパワーを効率良く使えない事になる)
セイルの下部をボードの上面に接地するほどに維持する事をアフターレイキと呼びますが、これは後ほど...

何故、ボードが前に動くのかという話に戻ります。
青矢印は、ある時点でのセイルから発生する揚力の方向
グレーの矢印はセイルの揚力の方向から発生する風下に流される力の方向(分力)
赤矢印はボードの風下側側面の水に対する抵抗やスケッグなどが風下に向かう力に対して水の抵抗として発生させる風上側への抗力の方向と大きさ

風下側へ押す力の方が、それに抵抗する力より当然強いので実際に前に進ませようとする力はピンクの矢印のように若干風下寄りになります。
この方向と力は青矢印と赤矢印の合力になります。

実際には後ろ方向に(水の抵)抗力が発生しますが、この水の抗力が限りなく低くなり滑水する状態を(ハイドロ)プレーニングと呼ぶのです)

これが、私が勝手に考えているボードが動く理屈です。


次にセイルの位置と速度上昇による接水面積の減少について書いてみます。

これはロングボードの場合のボードにかかっている力のあれこれです。

まずボードには回転軸というものがあります。
これはピンク色の分布グラフのような物を見て頂くと判りますが、ボードが水に対して発生させる抵抗の力はそれぞれの部分で異なります。

ロングボードの場合は、ダガーという大きな抵抗物が中央付近にあるので、そこが非常に大きな抵抗となります、次にスケッグの抵抗、そしてボード側面の抵抗が接水する面積によって一様に発生します。

この場合は、ボードの前部分が接水している長さが後部のスケッグの抵抗を打ち消す程大きいので(グラフはあくまで判りやすいイメージなので、そのまま信じないようにお願いします)現実はダガー付近で前後の抵抗が釣り合い、回転軸の位置もダガー付近となります。

その場合、ボードが前に進むためにセイルの力を無駄なく利用するにはセイルの風圧中心が、この回転軸上になければなりません。
セイル全面に発生した揚力は、セイルのある一点で釣り合います。
三角定規を指先に乗せて釣り合う一点があるようなイメージですが、そこがセイルをコントロールするための風圧中心です。

セイルのセッティングによっても異なりますが、ほぼ風圧中心はセイルの前面に近い中央やや下の辺り(上図グレーの楕円部分)にセットアップするようにセイルも作られています。


左図では判りにくいかもしれませんが、ボードとセイルの取り付け位置がゆっくりの場合と高速で動いている場合で異なっています。

どちらもボードの回転中心上にセイルの風圧中心が位置しています。

何が違うのかと言うと、人の立ち位置です。


のろのろと動いている場合は、接水面積が前に長く、回転軸はダガーよりも少し前になります。
その回転軸上に人は立たなければなりません。

丸太の上に乗せた板の上に立つイメージでしょうか...
回転軸と両足のバランスが取れていなければボードが進行方向に対して左右に回転して真っ直ぐ走らせる事ができません。

ボードが走り出すと前部分の接水面積が減り回転中心は後方に移動して行きます。
それに合わせて人も後ろに移動して行くと更に重心が後ろに移動して接水面積が後ろにずれて減って行きます。
ロングボードの場合は、可変式のダガーを寝かせてボード内部に収納する事で更に回転中心を後方に移動させて接水面積を減らし、加速する事が可能です。

上の図で、セイルをボードに取り付けている位置が変化しているのは、風上に切り上がる場合は接合部(ユニバーサルジョイント)をボードの前に移動させて、セイルを寝かせても(アフターレイキ)回転軸と風圧中心が一致するようにする為です。
セイルを引き込んで迎角をよりつけて後方に寝かせる事で足元から逃げて行く風の逃げ道を塞ぎ、より風の揚力を前進する力に変換する為です。

では、ダガーの無いショートボードの場合はどうかと言うと、基本的に理屈は同様です。
大きな抵抗となるダガーが無い分、回転中心は後方にあります。
そして、速度を上げて行く事によって水に接している面積も減って長いボードのスケッグ周辺だけになってゆきます。

そうなると、回転中心はほぼスケッグのやや手前かスケッグの上になってしまうので、セイルの風圧中心を更に後ろに下げる為にセイルを傾けて行く必要が出てきます。

この状態で安定して乗る為に、ボードに取り付けられているストラップと呼ばれる、足のつま先だけを挿し込んで固定する器具の位置がボードの後端寄りに設定されるのです。

つまり、ショートボードは中途半端な速度で乗ると足を固定できないので、逆に不安定だったりするのです。

その分、高速域のコントロール性能が高く、風が強くても波が荒れて来てもロングボードより遙かに乗り易いのです。


と言う事を踏まえて(長かった)、ある日の事、ロングボードで沖に出て行きました。
どんどんと岸が小さくなり、湾の中程に近いところまで出ると長い周期の大きな波になってきます。
「うねり」と呼ばれる波は海が荒れていなくても4.6mのマストよりも高低差があり、その斜面に隠れると風さえ途切れる程です。

うねりに乗ると、ロングボードでも延々と坂を下って行くような後ろから押され続けるような不思議な快感に満ちた状態を楽しむ事ができます。

その日は、あまり風がありませんでした。
風が無かったからロングボードにしたと言っても間違いではありませんが、正直なところはまだロングボードしか自前で持っていなかったのでした。
短いボードには、まだ乗れなかった頃の話です。

すっかり風が落ちてしまって沖に出るのにも苦労している時、風が来ないかなぁと(最適な迎角をつけるべく)セイルを操作しながらも前方の南の方向を眺めていました。
ふと、海面に黒っぽい模様が見えた気がしました。

一瞬でブロー(突風)が向かってくる事に気づいたので、大あわてで岸にボードを向けてターンを始めたのです。
何故って、風が少ないから大きめのセイルを取り付けて海に出ていたのです。
それは、海を黒くするような突風ではコントロールなんてできないサイズのセイルなのです。

黒い模様が見る見る近づいてきます。
同時に海面に白い風波も立っているのが見えます。
来るっ!と覚悟を決めて腰を落としてセイルを引き込む準備をします。
綱引きのような体勢です。

バンッという音を立ててセイルが風をはらみました。
一瞬風を逃がして、体勢を安定させてから一気に腰を落として足を前に蹴りこむと、ボードが狂ったように走り出しました。
バカランッバカランッっとリズミカルな音を立ててボードのボトムが波を叩いて突っ走ります。

生まれて初めての長距離のプレーニングです。
しかも、ストラップに足なんて入れている余裕も技量も無いので、ただひたすらセイルに取り付けたブームから伸びるハーネスラインでセイルを押さえ込むのがやっとの状態。

ダガーを収納しているので、技量が有れば後ろのストラップに足を差し込んでもっと速度を出す事も可能だというのに、技量が足りずにしがみつくのがやっと。
でも、風が強くてそんな状態でも否応なしにプレーニングでボードは岸に向かって突っ走って行きます。

幸運にも風向きも岸に向かうには無理のない方向で、なんともラッキーな自分。
延々と続くかのような一瞬であったかのような、頭が真っ白になるような快感の中初の爆走と言えるようなプレーニングを体験したのでした。

プレーニングの快感は、何かに例えようもありません。
この快感を得たいが為に長い事ウィンドサーフィンを続けていたと言っても過言ではありません。

体は操作に集中しながらも、意識は解放されて行くような快感、それがプレーニングです。

風を読む、セイルを引き込みボードに飛び乗る、走り出す、即座にプレーニングに入り同時にストラップに足を差し込み更に速度を上げて行く...
頭は真っ白になってゆき、世俗の嫌な事、人間関係のどろどろした事がクリーニングされてゆく一時、まさに至福の一時がプレーニングでした。

そんな日から10数年が経過した後、実家の物置に放置されたセイルを見つけた...
なんとも、もの哀しいその一瞬
脳裏に浮かぶのは、色あせて居ないあの頃の事。
セイルは色あせ、道具に蜘蛛の巣が張っても、記憶の中のあの日々は今でも輝いている。

仕事中に風を感じればイメージは海の上、セイルを引き込みボードを蹴り出す動作は淀みなくイメージされ、彼女と別れてでも海を選んだ自分。
今から考えれば、アホだったなぁと苦笑と共に思い出される。
でも、今より何倍も純粋に自分と向き合っていた眩しい自分が、そこには居るのだ。


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