堀川は現在水がほとんど流れていない。
その昔、ここには加茂川が流れていたという...
その加茂川の流れを、大土木工事によって高野川と合流させて出来上がったのが現在の鴨川だという話だ。
この堀川通りを北上すると上賀茂神社の手前辺りに行き着く。

左が堀川通り、前方方向が今出川方向(北)になる。
この堀川通りを北に向かって歩いて行くと一条通と交差する。
その堀川一条の交差点から数10m程北へ歩いたところに晴明神社はある。

もちろん、歩いて行く必要はない。
バスで行けば良い。
それは、堀川一条の交差点の北側数mの所に市バスのバス停があるからだ。
定額区間220円で行ける。
京都御所(東)方面を向いてみた。
一条通りである。

一条通はとても賑やかな通りとは言えない。
二条通りも三条通りも見過ごしてしまいそうな小さな通りだった。

無論、現在の繁華街は四条通だろう。
御池通りは道路も歩道も広い割に人通りは多くなかった。
五条通りは国道一号線と言うこともあって車は多いが歩道の人通りは多くなかった。

同じ何条という名が付いていても、その様相は様々だ。
反対方向(西)に目を転じると一条戻り橋がある。
近年架け替えられて新しくなったという話だ。

その先に見えるのが堀川通り(堀川一条の交差点)だ。

ここから晴明神社へ向かうには、一条戻り橋を渡って堀川通りを横切って北へと歩く事になる。

NHKのドラマ「陰陽師」の影響か、あちこちに「晴明神社へ何メートルと言う看板が見受けられる。
堀川一条の交差点を北へ少し歩いた所にある市バスのバス停「一条戻り橋」。

ここでバスを降りて北へ向かっても晴明神社は数10mのところにある。
なんか、良いなと思ってつい撮ってしまったバス停の看板
特に意味はない
晴明神社

一条天皇が安倍晴明の死後、その功績に対して与えた身分が低かった事を悔やみ、その屋敷跡に神社を建てて祭ったが、応仁の乱で破壊され焼け野原となった後、この地に移ったという話だが、そういう事が書いてある訳ではない。

神社の由緒を書いたものは別に存在する。
バス停からしばらく北へ歩くと左側に見える一の鳥居。

柱に「ころび」と呼ばれる傾斜があるところから明神系の鳥居であると思われるが、一番上の「笠木」の両端が斜めにカットされている所から「八幡鳥居」と呼ばれる形式に近いようだ。
しかし、「笠木」の両端には「反増」(そりまし)と呼ばれる上方への湾曲も見られ、柱の傾斜角度は「春日鳥居」に近いところから、明神系ではあるが、独自の形状をしているようだ。(稲荷系の台輪は見えない)

と偉そうに書いたが、素人の聞きかじりなので素直に信じないように。
奥に見えるのが二の鳥居である。
その奥に小さな社殿がある。
二の鳥居に向かって進むと、右の木の陰に何か像がある事に気づく。
獅子だろうか、なにか見慣れない異形の獅子だ。
これが、異形の像の正体

見慣れない顔をしている
鳥居の額束には晴明神社と書かれている(って、当たり前だな)。

見て判るように、かなり狭い、小さな神社である。
しかし、通りすがりの地元の人が自然に拝んで通るのを見ると、そう言うことが根付いている京都という街に驚く。

自分が無信心なだけに、とんでもない物を見たような気がしたものだ。
水の無い堀川
東堀川一条より東方向を見る
東堀川一条から一条戻り橋を見る
市バスのバス停「一条戻り橋」
「一条戻り橋」と言う文字
京都市が設置した神社の説明文
一の鳥居から二の鳥居と拝殿を望む
二の鳥居と拝殿の遠景
異形の像 これは何者?
二の鳥居と拝殿の近景
二の鳥居の額束