東寺、羅城門跡、西寺跡から神泉苑、二条城へ

京都へ行く前に、何か列車の中で読む時間潰しになる書籍は無いかなぁと、近所の本屋へ行った。
その書店の、平積みされている文庫の中に「東寺の謎」と言う本はあった。

何故か今、日本の歴史ブームのような気がする。
書店に、急に歴史関係の書籍が目立って増えてきたのだ。
何故なんでしょうねぇ...。
タイミング的には、欲しい物が見つかりやすくなって嬉しいんだけど。

「東寺の謎」は、東寺関係者が書いている本で、かなり面白い内容でした。
今回は東寺へ行き、西寺跡、羅城門跡を探し、朱雀大路があったであろう場所を歩いて北上し、神泉苑を見てから内裏があったらしい場所にある二条城行ってみようと言うテーマがあったので、目についてすぐに買ってしまいました。

東寺へ行こうと言うのに、東寺のことは何も知らなかった。

せいぜいが、旅のガイドブックに書かれている短い解説くらいのものである。
元々、寺とか神社なんかには興味がないし、そもそも宗教なんて縁がないから、寺社仏閣へ行っても面白くないのだ。
最初に京都へ行ったときも、案内はしてもらっても意味が判らなくて、せいぜいが古い建物だなあくらいの感想しかなかったのだから...。

ところが、ところが...
京極夏彦に出逢い(知り合いと言う意味じゃない)「鉄鼠の檻」を読み、拙いながらも寺社仏閣の成り立ちとか歴史的なさわりを知ってから変わった気がする。
そこへ来て安倍晴明であり、「陰陽師」である。
これは、はまった。

平安時代なんて、なんだか判らなかった(高校では世界史選択だったし)、いや、そもそも日本史なんて興味が無くて勉強もしなかったから無知も良いところだ。

教師も教え方が悪いなと思うね、今にして思えば歴史が楽しいという授業ではなかった。
世界史なんて、自分で一から始めて勉強したんだもの。
日本史は、選択科目でないから、授業はいきなり明治維新から始まった(つまり近代史のみ)。

古文だって、竹取物語だの、方丈記だのと勉強しても面白くないし、意味が判らないし...
どうせなら、今昔物語の怪しげな話から始めてくれれば、自分で読みたいと思ったかもしれない(俺だけか?)。

「陰陽師」から平安時代中期の事柄をつまみ食いすると、今度は不思議な物でその前はどうだったのだろう?とか、その後はどうなったのだろうと興味は尽きない。
受験と関係ない次元でやる日本史は、とても面白いじゃないか。
知っている事柄が増えると、今まで部分的に何処かで聞いた人の名前だとか地名だとか、物語だとかが連携して行くのが判る。
過去から現在への流れの中にある出来事だと実感できるのだ。

東寺は、弘法大師こと空海の話から始まる...
空海と言えば、SFちっくな話に出てきたり漫画にも出てきたりと人気がある人物だ。
全国各地に、空海ゆかりの温泉だとか池だとかがあるが、そんなに全国を回れるものなんでしょうかねぇ。

どうやら、遣唐使で唐へ渡ったのが30歳の時で密教を極めて帰国した時が32歳頃、それから東寺の整備やら高野山の開山で忙しい時を過ごしていたのだから、そんな時間があったのかなあと思う私です。


東寺は空海ゆかりの寺だったのでした。

京都駅の南西で、九条通りと八条通りの間に位置しています。

左の写真は「東寺の謎」にあった写真と同じアングルで撮ってみました。
この位置に歩道橋があったの、あっ、きっとこれを使ったんだなと思って登ってみたら案の定、そうでした。

右奥に見えるのが京都最古の由来を持つ五重塔で、手前の堀は平安遷都の時代に都と外を分ける境界でもあったのかもしれませんが、よく判りません。

東寺が京都最古の寺と言うのは、桓武天皇が長岡京を捨てて平安京へと遷都した時には、奈良のように寺の坊主が権力をもたないように都内に寺は造らせなかったと言うことです。(この辺のネタ元は「東寺の謎」です)

で、朝廷が管理する寺を二つ造って、それが東寺と西寺だったそうな。
都の最南端中央部には羅城門が有り、そこから東西に東寺と西寺が置かれたそうです。

そういう意味で、歴史的には平安京最古の寺と言う事らしいです。

俗に平安京千年...と言うけれど、他の有名な寺なんかは鎌倉時代に出来た物が多くて、どこが千年だよおと言う感じです。
そう言うことは、あと300年経ってから言って欲しいものです。

話は戻るけれど、東寺は都の東側だったと言う事ですね。
しかし、今の京都御所は東寺のはるか北北東の位置にある訳で、平安遷都時代の御所の位置は現在よりも西側にあった事が判ります。

ちょうど、東寺の宝物の特別展示期間だったので、空海ゆかりの品々を見てきました。
そしたら、現在の、京都の地図の上に平安京の地図を重ね合わせた物が展示されていて、しばらく見入ってました。
平安京の位置の謎は、ようやく解けた感じです。

古の平安京の位置を知る手がかりは、この平安遷都の昔から変わらない位置にある東寺から逆算して割り出されたのだそうです。
羅城門も、西寺も、今は無く石碑が残るのみですが、東寺が無ければ全ては闇の中だったかもしれません。(と、書いてあった)

下調べをすると、京都は倍面白い


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