愛宕山と愛宕神社
山頂へと続く参詣道の始まり
山頂へと続く参詣道 最初の坂道
山頂へと続く参詣道 延々と続く坂道
坂道にあった告知看板
最初の鳥居をくぐるとすぐに坂道が始まる。
左側の自動販売機には、山道では水が必要だがこの先で水は販売していないので、ここが最後のチャンスだと書いてある。

右には小さな地蔵が見える。

ゆっくりと歩き出すが、すぐに汗が噴き出してくる。
八月の中旬に登るのは自殺行為かもしれないが、富士登山を2週間後に控えて、疲労からの回復を考えると今以外に登る機会はない。
この機会を逃すと次は秋になってしまうが、そうそう何度も京都へ来られるわけでは無いのだ。。
右側には、まだ人家がある。
登り始めるとすぐに階段状の坂道になって不安になるが、まだ数10mも歩いては居ない。

既に呼吸は荒く、汗は噴き出している。
とにかく暑い...

ペース配分を考えつつ、ゆっくりと小幅で歩いて行く。
まだまだ序盤である。

坂道の右下には旧参詣道があるが、荒れ果てて使われていない、と言うか危険なので通行止めになっている。
更に右側には清滝川があり、多くのグループが水遊びをしている。

暑いが、風があるのが救いである。
天気が不安定だという予報だったので、荷物の中には傘も入っているが、なによりカメラの重量が重く感じる。

そして、手に持った弁当の大げさな包みが邪魔に感じてくる。
しかし、これは山頂で食べるのだから死守しなければならない。
参詣道の途中にみかけた看板

どうやら、不心得者はどこにも居るようだなと思う。
数が少ない内は、問題にならないんだろうけど、数が増えると被害は黙認できないレベルになると言う事だろう。

富士山などは二ヶ月で20万人が訪れると言う。
事実登山道はラッシュ状態で、トイレは悲惨な状況だ。
数が少ないうちは黙認された糞尿の山腹廃棄も、20万人分となると環境への汚染度も無視できないようになる訳で、富士山でそれを目撃して以来、富士山嶺の湧き水を売り物にするミネラルウォーターだけだけは買わないようにしている。

「自分で登り、自分で下山するより他、手段は無し」
この言葉は、まさに一つの真理だ。
「怪我と弁当は自分持ち」、自分の好きなこの言葉に通じるものがある。
余談だが、自分の身体と自分の食事くらいは最低限他人に頼らず自分で責任を持てと言う意味である。