東寺、九条通りの歩道橋から

東寺、正式名称「教王護国寺」 京都駅の南西に位置する京都最古の寺。
平安遷都当時は、平安京の入り口である羅城門を中心に東に東寺、西に西寺があった。
しかし、現存しているのは東寺のみであり、羅城門西寺共に今は石碑を残すのみである。

東寺は密教のお寺である。
真言密教の本山として、その末寺に仁和寺、醍醐寺が名を連ねていたという。
弘法大師こと空海が即身成仏した高野山 金剛峰寺も東寺の下に位置していたという。
しかし、平安中期に内裏が炎上し、歴代の天皇が大きな寺を仮御所として使用した事から仁和寺や醍醐寺の発言力が増し、空海ゆかりの直筆の書籍が貸し出されたまま返却されていないと、「東寺の謎」という書籍に書かれている。
(現在も、真言宗総本山である)

元々は高野山に密教の金剛峰寺を開山しようとしていた空海に平安京で三代目の天皇となる、仏教に深く傾倒していた嵯峨天皇が、それまで官営の寺として造営中だった東寺を与えるという事になり、空海はこの東寺を真言密教の修行の場として造営に深く関与したという。
東寺の京都駅側には、伏見稲荷の分社らしき「伏見稲荷」という同じ名称の神社がすぐ近くに存在する。
また、伏見稲荷の稲荷祭では伏見稲荷を出発した御輿と行列が、その東寺の近くの伏見稲荷へと移動し、最終日には東寺の前を通過する際に一時その場に止まり、東寺側が読経をするという形で関係が続いているそうです。

空海自身は、その晩年に高野山金剛峰寺へ入山するまで長らく東寺に住んでいたらしい。


東寺の五重塔
京都駅から南西へ歩いて10分程、あるいは近鉄電車で東寺駅まで数分の位置に東寺は存在している。
応仁の乱で足利尊氏に陣を置かれ、戦国時代は信長が宿泊したという由緒ある(?)寺で、東側の「開けずの門」には矢で穿たれた穴が残っている。
土塀は重なる月日の重みに耐えかねて(戦乱や雷、火災などで何度か再建されているので、平安時代の建物ではない)所々歪んでひしゃげている。

東寺は九条通りに面している。
五重塔は京都のランドマークとしても有名だ。
夜間にはライトアップが行われる。


九条通りに面した南大門から境内にはいると正面に大きな「金堂」(こんどう)が見える。



この金堂は桃山時代に再建された物で国宝に指定されている。
創建は796年と伝えられている。
内部には(拝観できる)薬をもって人々を救うと言われる「薬師如来」(やくしにょらい)を中心に、薬師如来に向かって右側に「日光菩薩」左に「月光菩薩」が控えている。
薬師如来が座する台座は仏教を守護するという「十二神将」が配されているのが見られる。
薬師如来が金堂の本尊として置かれているのは、金堂再建時の薬師信仰が時代背景にあったのかもしれませんが、素人の身には判りません。

金堂に向かって歩くと右に五重塔、左に八幡宮(神社)があり、その奥には密教の極意を伝授する為の場である「灌頂院」が見える。
五重塔方向は柵で仕切ってあるので金堂を右に見て進むことになる。
金堂の奥(北側)にあるのが「講堂」で、内部には空海が密教の曼陀羅を立体的に表現したと言われる「立体曼陀羅」(拝観できる)が存在する。
曼陀羅が何なのかは判りませんが宇宙の真理であるとも言われています。
講堂は室町時代の建造物で、これも重要文化財に指定されている。

講堂の中央には密教の本尊である「大日如来」を中心とした5体の如来像が置かれ、その左右に5体の菩薩蔵グループと同じく5体の明王グループが配されています。
また、それらを守るように、四方に多聞天、持国天、広目天、増長天の「四天王」が置かれ、左右には帝釈天と梵天が置かれています。
一体を除き、全てが国宝や重要文化財に指定されているとの事です。

※四天王
   多聞天持国天広目天増長天
   四天王に帝釈天、梵天を入れて天部とも言うらしい
※五大明王
   不動明王、大威徳明王、軍茶利明王、降三世明王、金剛夜叉明王
毘沙門堂への門

講堂を右に見て更に進むと修行の場である「食堂」(じきどう}が講堂の奥に有り、そこで左に目を向けると、毘沙門堂、大師堂、大日堂、へと続く小さな入り口が発見できる。
この門を入って右手に大師堂、左手に毘沙門堂がある。

毘沙門天
この小さな毘沙門堂に置かれているのは国宝の「とばつ毘沙門天」像で、元々は羅城門の楼上に置かれ外敵の侵入から平安京を守る役目を果たしていたという像で、嵐による羅城門倒壊の際、助け出されて近くの東寺に置かれていたものだと言う。

大師堂の奥には教典を収めてある経蔵(きょうぞう)があり、更に進むと鐘突き堂である鐘楼がある。
その奥が大日堂。


そこを出て、左側に宝物館があるので、運が良ければ一般公開をしているかもしれない(春と秋に行われる)。
やっていれば、巨大な千手観音や老いた空海像、密教法具、金剛界曼陀羅、胎蔵界曼陀羅(のレプリカ)などが見られる。
曼陀羅を文字で表現したものなども有り、デザイン的に摩訶不思議な感覚にとらわれるかもしれない。

食堂を右に見て東へ進むと左側に善女龍王を祭った石碑がある。
空海が西寺の僧と雨乞い勝負のおりに(本当にやったのかは不明)空海を助けて雨を降らせたという龍神様である。
そこから南に折れて食堂を右に見つつ進むと拝観券売場がある。

そこで有料拝観券を買うと五重塔エリアと金堂、講堂に入ることが出来る。

五重塔を撮影したければ、中に入るしかないのがミソである。




真ん中で土下座をしている女性は、右の男性に粗相をしてしまったと言うわけではないと思う...ましてや、この世ならぬ貴き方のお姿を見て、思わずひれ伏してしまった訳でもないと思われる...。

真実はいつも闇の中なのである。

毎月、21日弘法大師の命日には「弘法さん」と呼ばれる催しが行われ、第一日曜日には、この境内で骨董市が行われると言う。
どうせ行くなら、そう言う時に合わせたいものだ。


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