「京都で除夜の鐘ってどういう風に聞こえるのかなぁ?」
「あちこちに寺があるから、あっちでゴーン!こっちでもゴォォォン!ゴンゴンゴンゴンゴゴゴゴゴォォォォン...って、聞こえるんじゃないかなあ」
「そうか、四方八方から除夜の鐘だらけになるのかな」
「除夜の鐘の連続音かぁ、聞いてみたいなあ」
「よし、俺は行くぞ!」
「僕も行くぅ!」
そんな事で決まってしまった京都の年末、勢いで年始は3日まで居ることにして、始めての長逗留となりました。

さて、本当に除夜の鐘は、あちらこちらから聞こえたのかどうか...」
何かを始めるきっかけと言うのは、そもそもが他人から見たら馬鹿馬鹿しい理由だったりするのだが、今回は自分でも馬鹿馬鹿しいなと思う程度の理由だ。
要するに、年末年始を京都で過ごしたいから、何か理由があれば良かったのだと言われれば、「その通りでございりまするぅぅぅ」、と平身低頭するしかない私でございました。

タイトルにある「ぬくぬく」というのは、まったくのウソで、すんげぇ寒い、京都は寒いぃぃぃのであります。

年末年始は混むからという理由で二ヶ月前にホテルの予約を取り、新幹線の帰りも座りたいからと3週間前(新幹線の予約は1ヶ月前から可能)に指定席を取ろうとしたら、もうほとんど予約で埋まっていて、仕方なくグリーン席となりました。
自己欺瞞の言葉は「正月だから」というよく考えると訳の判らない理屈を口にしていたのでございます。

さて、年末30日の京都は空いておりました。
この時期は地方から出てきている人たちが帰省する時期でもあり、京都でもそれは同じだったんだなと実感しました。
休日だというのに、四条通りの空いていること...
電車、バスの空いていることと言ったら、いままでの土日中心の京都しか知らない私は妙に感心していました。

さてさて、左の人物、三条大橋の西側(西詰=にしづめ)で北西に向かって頭を下げています。
姿形からすると武士のようであります。
何者なのでしょう。
前から気にはなっていたのですが、調べるまでには行きませんでした。
なにしろ、まだ平安時代以降は興味の外でありますから。
さて、上の人物何に頭を下げているのでしょう?
ここは三条京阪の駅前...
彼の見ている方角には何があるかと言えば...
丁度、彼が見ている視線の先には「京都御所」があるのです。

調べてみると...
彼の名前は高山彦九郎、今の群馬県出身で尊皇攘夷派の思想家であった彼が京都に来てみると京都は荒廃し、御所の築地塀は所々崩れ落ちて荒れ果てている有様。
そこから御所の建物まで見えたとか(目が良かったのかねぇ)、それを見て彼は、あまりの情けなさにその場に座り込み、はらはらと落涙したという。
でも、そういう像が何故ここにあるのかは判りませんでしたけど。
吉田松陰などは、後年、彼の影響を強く受けたそうです。
京阪三条から東西線に乗って蹴上で降りて、前回見逃した蹴上の船溜まりを撮影、これは「紅葉も色あせる晩秋、南禅寺−哲学の道−銀閣寺」に追加されました。

この船溜まりの奥(左側)にトンネルがあり、水路は琵琶湖へと向かっているようでした。
端の手前にある紅い水門から疏水の水を取り入れて発電所へ送っているようです。
かなりの勢いで水が流れ込んでいました。
その水の一部が南禅寺の境内にある水路閣を通って哲学の道脇の水路へも流れ込んでいるようです。

そして、発電に使われた水は南禅寺側の船溜まりへと流れ落ちて鴨川へと流れて行くのでした。

この疏水の流れを追うのも、今回の目的の一つだったのです。
この疏水、京都動物園脇から京都市美術館や平安神宮の脇を流れ、東大路通りを横切って鴨川の水門へと流れて行きます。

色々写真も撮ったので、機会があればまとめたいと思います。

水路には水鳥が数多く遊び、これで寒い風が吹いていなければ、まこと風情のある場所なのですが、冬の京都は超寒い!

何とか頑張って歩き通しましたが、ここは春先に来るべきですね。
水路沿いには桜がたくさん植えてありましたから。
高山彦九郎の像
高山彦九郎の見つめる先
蹴上の船溜まり
琵琶湖疏水と平安神宮の大鳥居、そして美術館