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武塔天神と牛頭天王、素戔嗚尊、そして蘇民将来の事
武塔天神はインド系の神であるという説と朝鮮半島の神であるという説があり、出自がはっきりしていないようです。
牛頭天王もインド系とも言われ様々な地域の神話が混合して元々は何の神であったのか判らないようです。
後世、素戔嗚尊と同一視されるようになったのは、明治期の神仏分離令により素性の判らない神を祀っていた神社の多くが素性のはっきりしている神を祀るか、さもなくば廃棄されるかという憂き目にあった時に多くの神社で祭神を変えたという事があるそうなので、そんな影響もあるかもしれません。

牛頭天王は仏教的には武塔天神の息子とされているようで、どちらにしても仏教に征服されたアジア地域の土着の神であると思われます。
子供が八神ある事、荒れる疫病の神の親であることなどから素戔嗚尊と同一視されるのかもしれませんが、詳しい事は専門の人に聞いてください。
大きな影響を与えたのは吉田神社に起源を持つ吉田神道で、日本の神々が本流で、諸外国の神仏はその化身であるという説のようですが、そこで牛頭天王=素戔嗚尊、という解釈があったそうです。

また、大国主命(おおくにぬしのみこと)の荒魂(あらみたま)が牛頭天王であるという話があるそうで、そう言うなら大国主命は大己貴命(おおむなちのみこと)であるという話も出てきて、はたまた大国主命は大黒天と同一であるなんて説もあるようです。
結局、真実を見てきた人は居ないわけで後は解釈のもんだいかと思いますが、この辺の話は色々本を読んでもややこしくて訳が判りません。


聖書にはこんな話もあるそうです。
過越しの祭(すぎこしのまつり)というユダヤ教の祝祭があるそうですが、これはイスラエル民族の出エジプトを祝う祭だそうで、その年に生まれた羊を選んで殺し、その血を住居の入り口の柱や鴨居に塗って肉は焼いて食べるそうです。

その行為の意味は、子羊の血を戸口に塗ったイスラエル民族の家をエホバの神が過ぎ越してエジプト人の長子を全て殺したという災厄から免れさせてくれるというものだそうです。


この牛頭天王、明治政府からは嫌われたようで神仏分離令では名指しで排除させられたそうです。
そのため、八坂神社には牛頭天王の神像すら打ち壊されて残っていないと言います。
八坂神社が八坂神社と名乗るようになったのも明治期からの事で、正式に祀神を素戔嗚尊としたのもその頃の事だそうです。