船鉾の会所で準備をする人達
新町通仏光寺下ル 岩戸山(いわとやま)
綾小路通新町西入 伯牙山(はくがやま)
伯牙山の古い胴掛け?
斧を手に持ち、愛用の琴を壊そうとする伯牙
新町通四条上ル 放下鉾(ほうかほこ)
船鉾のすぐ隣が収蔵庫(会所)になっていて準備の様子をムービーと写真に撮りました。
右手奥に見えるのが神功皇后でしょう。
腹部に巻かれた腹帯が巡行の後に安産のお守りとしてもらえるそうです。

左に並んでいる2体に見えますが3体の人形が神功皇后を助けたという磯良(いそら)、鹿島(かじま)、住吉(すみのえ)の三神だそうです。
※左の写真にマウスカーソルを乗せると三神の画像に切り替わります。

実は、どれがどの神なのか判りませんが、磯良神は顔ができものでゴツゴツしていて、神功皇后のために龍宮から干珠、満珠をかり出したと言う話から一番左手前がそうでしょう。
鹿島は軍神なので中央かなと...消去法で行くと住吉神は一番右奥となります。
新町通を更に下り仏光寺通りを過ぎると岩戸山(いわとやま)が間近になってきます。

山のご神体は国産み神話の男神である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と、天の岩戸神話の主人公である天照大神(あまてらすおおみかみ)、そしてそれを引き出した手力雄命(たぢからおのみこと)の三神だそうです。
鳥居には黄泉の国で夜明けを告げる(死を追い祓う?)長鳴鳥(ながなきどり)こと鶏(ここにも鶏が)とまっているそうです。

由来の神話としては一番古いものを扱っていますね。

※左の写真にマウスカーソルを乗せて左右に動かすと、「山の拡大写真」、「岩戸山の模型」、「長鳴鳥」の写真に画像が切り替わります。
再び新町通を北へと歩を返し、綾小路通りを西に入りますと伯牙山がありました。

この山は、中国に居た琴の名手である伯牙という人物が、親友の訃報に接してそれを嘆き、琴をよく聞いてくれた友人の死を悼み琴を斧で割ろうとしている姿だと言われるようですが、琴の弦を切ろうとしている姿だとか、王が召し抱えるという誘いを断るために琴を壊したところだとか、話がいくつかあるようです。
祇園祭山鉾連合会の案内書には弦を切ろうとしている姿、と書かれています。

※左の写真にマウスカーソルを乗せると説明看板の拡大画像に切り替わります。
一目で年季が入っているとわかる胴掛けですが、本番用の物は隣の町家の中にある収蔵庫の中で展示してありました。

収蔵庫の中を撮影した写真をご覧になりたい方は、左の写真にマウスカーソルを乗せて左右に動かしてください。
中の様子を写した写真が右、真ん中、左と切り替わります。

一番左の写真に、伯牙の壊そうとする琴があります。
斧を手に持つ伯牙の人形です。
琴を壊すのなら判るのですが、琴の弦を切ろうとするには、斧は大げさな道具ではないかと思います。

この収蔵庫の奥にある町家が杉本家という古い町家で、祭の宵山三日間だけ特別公開をしていました。

入ってみたのですが、中は撮影禁止で画像はありません。

説明を品の良い杉本家保存会の御婦人がしてくれていました。
そこで「先の大戦」と言う京都好きなら知っている、京都ガイドブックネタなキーワードが出てきて、観光客のご婦人がすかさず、応仁の乱の事を京都の人は先の大戦と言うんですよね...と口を挟んで笑われていました。
ガイドブックには必ずと言って良いほど載っているキーワードですが、昔はいざ知らず、今では都市伝説の感があるキーワードのようです。
伯牙山に寄って、再び新町通へと戻り北へ上がって行きます。
四条通を渡ると放下鉾(ほうかほこ)がすぐ近くに見えます。
放下鉾は鉾の支柱(真木)中央やや上にある天王座と呼ばれる展示台に放下僧(ほうげそう)と呼ばれる仏僧像を置くことから付いた名前だということです。
放下僧は、大道で芸をしながら仏法を説いた僧の事なのだそうです。

その鉾の先端には日、月、星の三光が地上を照らす様をかたどったデザインの鉾頭が付いているそうです。

※その鉾頭を見たい方は、左の写真にマウスカーソルを乗せて左右に動かしてください。
左から、放下鉾のアップ、説明看板、鉾頭の拡大画像と順次切り替わります。