二日目の朝は長刀鉾の会所から始まりました。
今年建て替えられたという話で、内部は真新しく古くさい雰囲気はありません。
長刀鉾の会所は三井ビルと東横インに挟まれた四条通の一角に存在します。
普段は重々しい扉が閉められていて中の様子をうかがい知ることはできないのですが、祭の期間中は何処の会所も開いています。
この会所に入って長刀鉾の上に上がる事が出来るのですが、それにはまず会所の前で売っている長刀鉾グッズを何か買わなければなりません。
前日の菊水鉾は厄除け粽(ちまき)が1,000円で、それを購入する必要がありましたが、長刀鉾ではグッズなら何でも良いというので、500円の手ぬぐいを購入して会所の中へと、お邪魔したのでした。
手ぬぐいは色々と種類があって、シンプルな物からカラフルで派手な模様まで売っていました。
私が購入したのは、派手な色使いで長刀鉾を描いた手ぬぐいです。
左側に下足箱と階段がありました。
そこから靴を脱いで上がり、真新しい階段を上ります。
右側は立ち入り禁止になっていて、奥を覗くことは出来ませんでした。
写真で判る通り、階段は左右それぞれ一方通行のようですが、まだ朝と言うこともあり人気が少なかったので(恐らく左側通行)どちら側通行なのかは判りません。
まだ、夜から人があんなに増えるなんて想像もしていなかった時です。
階段を上りきったところです。
奥に昨年(2001年)の祇園祭における長刀鉾関連の写真が展示してありました。
上段中央に見えるのが、長刀鉾の先端に付いている長刀そのものの写真です。
※左の写真にマウスカーソルを乗せると長刀の写真に切り替わります。
その長刀の写真の右側にあるのが2001年のお稚児さんです。
その写真を展示してある場所の正面にトイレがありました。
祭の時期には多くの人が訪れる事を前提としているのか、割と大きなトイレで長刀鉾は女人禁制と聞いていたのですが、それは鉾に乗れないという事だけのようで、しっかりと女性用のトイレも独立してありました。
向かって左側にあるのは掛け軸ではなくて、浴衣(ゆかた)の型紙です。
今年(2002年)の祇園祭で長刀鉾町の方々が着用する浴衣(ゆかた)の背中に染め抜かれた長刀(なぎなた)の文字をデザインしたものなんですが、ナギナタの文字が現在の文字ではないので文字として表示できません。
向かって右側の掛け軸は鍾馗(しょうき)様で、町家の屋根の上で見かける厄除けの神様です。
この鍾馗神は元武芸者という経歴を持つ鬼だったという話があるそうです。
今の中国、唐の時代の話で、楊貴妃で有名な玄宗皇帝が熱病で苦しんでいるところに大小二匹の鬼の夢を見たとか...
小さな鬼は楊貴妃と玄宗皇帝の大切な玉を盗んで逃げるが大きな鬼がそれを捉えて喰い殺し玉を皇帝に返してくれたという話です。
その時に名前を聞かれた大鬼が自分は元武芸者だった鍾馗だと答えたとか...
その夢から覚めた玄宗皇帝は熱も不思議と下がり平癒したところから鍾馗が悪鬼災厄を退けるという風習が始まっそうです。(別の説もあるそうです)
鍾馗信仰が日本で始まったのは室町時代頃だそうです。
左の写真は長刀鉾を飾り付ける「見送り」と呼ばれるものかと思われます。
この大小の龍を配した図柄は他の山鉾でも見かけました。
リアルと言うよりもデザインとして簡略化された中央の龍は漫画的でもあり、良くできた図柄だなと思います。
※左の写真にマウスカーソルを乗せると龍の拡大画像に切り替わります。
これは天幕です。
中央やや上部に穴が開いていて、そこから上に切り込みがあります。
鉾の柱を通す為の穴だと思われます。
左に見えるのが上の写真の「見送り」、右に見えるのが次のページにある胴掛けの「玉取り獅子の図」です。
長刀鉾収蔵庫 会所1Fの内部
二階へ上がる階段
二階の展示室 前年の記録写真
2002年浴衣型紙と鍾馗神の掛け軸
龍の見送り
天幕