菊水鉾の天井に張られた幕
幕の隙間から鉾上部の様子を見る
室町通りから四条通を挟んで鶏鉾が見える
菊水鉾 車輪の内側の様子
組み立て中の霰天神山(あられてんじんやま)
霰天神山の部品
菊水鉾の天井部分を見ると、水墨画のような絵が描かれた布を張ってありました。
翌日登ってみた長刀鉾に比べると簡素な造りです。
鉾町、山町ごとの経済力とかいったものも影響しているのかなと、他の山の様子なども見て、そう感じました。
これだけのものを維持管理するだけでも大きなコストがかかるのは間違いありません。
布の間から、「あみ隠し」と呼ばれる、鉾の下部で紅い幕に包まれている部分を覗いてみました。
こちらも大きな木が組み合わされて、きれいに縄が張り巡らされています。
これだけで、当日の台風の余波による強めの風にも耐えていたのですから、たいしたものです。
菊水鉾は2002年の巡行順が8番手だそうです。
鉾の先端部分には金色の菊の花を象った鉾頭(ほこがしら)をつけています。
名前の由来は、町内に古くからあった菊水井戸にちなんで付けられたものだそうです。
1952年(昭和27年)に再興されたという事です。
降り際に、下から写真を撮影しました。
鉾の総重量は大きな物で約12トン程あるそうで、その重量を支えるのですから、かなり丈夫なものでないと務まらないだろうと思われます。
この車輪、直径が2m程あるそうです。
室町通りを少し北へ戻って北から新町通へと入ろうと考えて室町通りを北へ戻り出すと、錦小路を新町通方向に見たら、その途中に霰天神山(あられてんじんやま)が組み立ての最中でした。
組み立ての様子を含む祇園祭の支度は、ムービーからも見られます。
興味のある方はご覧下さい。
霰天神山は2002年の巡行では20番目です。
室町時代、京の都に大火があった時に突然霰(あられ)が降ってきて火がおさまったが、その時に霰と共に天神様も降りてきて屋根に鎮座したという故事から天神様を祀っている。
御利益は「火除け、雷除け」との事です。
山の部品が並べられてありました。
山は上部に松、または杉の枝を取り付けます。
鉾の場合は上部に榊(さかき)を取り付けるようです。
山の松(または杉)は神を招く依代という意味があるそうです。
霰天神山に寄り道をした後、再び室町通りを北へと進みます。
錦小路と蛸薬師小路の間に山伏山(やまぶしやま)がありますが、決して上から読んでも山伏山、下から読んでも...などと、言ってはいけません。
私の友人と同レベルのギャグセンスに堕ちてしまいます。
その山伏山は、未完成で当日は写真を撮りませんでしたが、山伏と言っても祀っているのは浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)が修験道の山伏として大峰山に入山する時の姿を現したものだそうです。
それを知らなかった我々は、山伏山って役行者山とキャラが重ならないか?と知らぬが故に言っていたのでした。