












バス停「一条戻り橋」で下車、北へ向かって200mほど歩くと左に「晴明神社」が、バス停から道路を隔てて反対側(右側)に「一条戻り橋」があった。
そもそも、安倍晴明の名を聞いたのは「夢枕 獏」の短編だったろうか、それとも「荒俣 宏」の「帝都大戦」だったろうか...
一番古いのは山田風太郎の「笑い陰陽師」という短編集だったような気がするから、相当昔かもしれない。
とにかく、オカルト系の話では割と有名な人だったから、名前だけは知っていた。
一条戻り橋は、安倍晴明が7体の式神を隠していたと言う話もあり、別の話では12体の神将を...なんてのもあったが、言い伝えなんてそんなものさ。
元々は、文章博士の三善清行とかなんとか言う人が亡くなって遺体を運ぶ途中に一条戻り橋の上で訃報を聞いて急ぎ修行中の寺から駆けつけた息子の浄蔵が出逢い、その息子の祈りで生き返ったと言うので、あの世から戻る橋とか言う意味があったり(ちゃんと調べた訳ではないので、あまり信用しないように)、誰だったか(渡邊 綱でしたっけ?)鬼の腕を切り落としたとか言う言い伝えがあったりする場所で、当時の平安京では都市と都市の外(死体がゴロゴロ)との境であり、この世とあの世の境という意味もあったらしい。
この世とあの世を行き来したと言う話になれば、小野 篁(おののたかむら)なんて人も居たのだが、今回の旅には関係ない。
割と昔発行された書籍を読むと、ここが安倍晴明宅跡だという風に書いてあるが、最近の書籍では違うという事が書かれている。
だから、あんまりありがたがっても居られないのだが、とにかくここは京都で晴明神社であることに間違いはないのだ。
安倍晴明宅は旧内裏の北東、鬼門の方向に在り、西洞院大路より東、土御門大路より北の一角にあったと記されているそうなので、当然ここではない。
現在の位置にある晴明神社は明治時代に移築されたものらしい。
しかし、御所そのものの位置も安倍晴明が居た頃は現在より西側、どうも二条城があった辺りから北側にあったらしい。
なんでも、現在の御所は南北朝の時代からだそうだ。
そして、旧安倍晴明邸は、応仁の乱で焼けたそうで、だから明治になってこの場所に神社を移築したとか...
境内に入るとすぐ右側に、架け替えられる前の一条戻り橋の石が置かれている。
思ったより狭い境内で、まだこの時は陰陽師ブームは一部の漫画読者(女性)だけのものであった。
もちろん、私も漫画版「陰陽師」は読んでいなかったが、なにか女性誌で話題になっているらしいという話は聞いていた。
さて、安倍晴明宅跡を神社にして祭り上げたのは晴明の死後、彼の官位(最終的に従四位下)が業績に対して低かったという反省から神様にしてごまかしたという事らしい
(ネタ元は京都チャンネル)。
きっと、死後なにやら天候異変だとか疫病だとかがあってやましい所のある方が慌てて祭り上げたのではないだろうか?
そうだとすれば、当時ならば、ありがちな話ではある。
漫画版陰陽師の作者岡野玲子によれば、現在の京都ブライトンホテルの辺りが晴明邸跡ではないかと推理している。
それなら、旧御所の位置から北東にあたるので矛盾はない訳だ。
この当時の晴明神社は、二年後に大ブームが起きるとは誰も思わないような雰囲気で、ほかの神社と異なるのは若い女性の参拝者が多いことだった。
左の写真を見れば判るとおり、若い女性しか居ない。
ブームになって何が変わったかと言うと、年配の観光客が増えたことではないだろうか。
この時はひっそりとしていた一条戻り橋では、2年後には修学旅行の中学生が橋の下を覗きながら記念写真を撮る程、雰囲気が様変わりしていた。
陰陽師ブームが起きる、少し前の風景である。
この時、鎮座1500年記念の行事のために寄付をつのっていたが、記念にくれる品々は数点セットで金額も6,000円と観光客には高価な物だった。
寄進は一口3,000円と書いてあったが、私の欲しいと思った式神の根付けは二口6,000円のセットの中に含まれていて、とてもそれだけのために6,000円は出せなかった哀しい2000年の晩秋である。
これが、安倍晴明の晴明桔梗紋と呼ばれる五紡星のマークである。
ヒエログリフとも呼ばれるらしいが、意味は知りません。
帝都物語ではドーマンセーマンなどと呼ばれ、加藤保憲が手袋に染めぬいていた魔除けの印でもある。
物語では籠目とも呼ばれていたように記憶するが、そうだったかな?
この提灯、欲しいと思ったのは私だけでしょうか?
結局、ここで買ったのは晴明桔梗紋の描かれた白いお守り二つだけである(ひとつは依頼された)。
しかし、このお守り、さすがに晴明神社である、縁結びとか家庭円満とか受験合格とか脳天気な事は御利益にない。
それは魔除けと厄除け、そして交通安全であった。
少なくとも、「魔除け」とまじめに書いてあるお守りは始めて見た。
一条戻り橋を堀川通りから
晴明神社の入り口にある鳥居
改修前に使われていた戻り橋の石
晴明神社、二つ目の鳥居
まだ若い女性だけの密かなブームだった頃の境内
御存知、晴明桔梗紋