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その昔、ウィンドサーフィンなんてものに狂っていた時代がある。
正式にはボードセイリングと言うらしいが、確かにサーフィンと言うほど波と遊んだ覚えもない。
かれこれ12年と少し続けたが、終わりの2年くらいは年に数回しかやらなかったと思う。
やらなければ体力は落ちるもので、とある10月に台風が来たので久々に海へ出かけた。
続けてやっていないので、風を読み間違えたのが最初のミスだった。
通常、風速に合わせてセイルの面積(エリア)を選択するのだが、迷った末セイルは6平方メートルのものを選んだ。
意外に弱いと踏んだのだ。
当然セッティングもセイルのドラフトと呼ぶ揚力を決定する湾曲を大きめにセッティングし、セイルの先端も風が逃げないように固めにセットアップした。
要するに、もっとパワーをと言うセッティングだ。
風が強いと踏んでいたらセイルのサイズを落としてドラフトは浅めに、トップのリーチは緩めにセットアップしていたはずなのだ。
風は岸から沖へと吹く風。
その風が横風になるポイントから出ることにした。
場所は小さな岬になっていて、数10m外れれば岸には戻れない。
自信は経験上有った。
いや、もっと強い風でも楽しく乗れていたという経験があった。
で、油断した。
出る場所は幅が10mくらいしかない、当然帰る場所もピンポイントだ。
それだって、問題ない(はず)。
風が強い方が風上には登りやすいから...(だった)。
白波の立つ海だって慣れていた。
当然ボードは280のフラットボトムで割と浮力のある物、これは平水面では爆発的な加速と最高速度を誇るボードだ。
風が強いと踏んでいたら、別の小さいボードをチョイスしていたはずだが、風上に登るという条件では、このボードが一番だった。
彼方からブロー(突風)が来るのが見える、それにタイミングを合わせてボードに飛び乗る。
風が入る、腰を落としてセイルを引き込むと同時に前足でボードを風下に蹴りこむ。
一瞬の風圧を両腕に感じた後、間髪置かずにプレーニング(滑水状態)に入ったスラロームボードはぐんぐん加速して行く...一歩二歩とテール(後方)へ下がり、セイルを引き込み更に揚力を増加させて風のパワーを増加させて下腹部のハーネスをかけると、つま先をストラップに入れて更にセイルを引き込む。
接水面が後ろへ下がり、ボードと水の抵抗が減って行き、矢のように加速して行くボード、つま先を上に反らしてセールのフット(下部)をボードの後部に擦りつけるようにマストを後方へと傾斜させてゆく。
風の逃げ道は減少し、セイルにそって流れるしかなくなって、全てがパワーに変換されて行く。
進路をやや風上に修正する...
小刻みにブローが入る、その度ごとに身体ごともって行かれそうになるのを耐える。
向こう脛に力こぶが盛り上がる。
岸は遙か遠くになる...
思ったより遙かに風が強い...
しまった、と少し焦るがなんとかなるという気持ちもまたあった。
しかし、いつもよりドラフトを深くした分、風圧中心が前よりになっている事に気づいた。
つまり、いつもと同じハーネスの位置ではバランスが崩れてマストを持つ方の手を前に引き抜かれそうになるのだ。
マストを持って行かれると言うことは、ボードが風下に引っ張られるという事でもある...。
ハーネスラインの幅も狭いので反応は速いがバランスの誤魔化しが効かない。
たちまち腕があがった。
握力が急激に無くなって行く、やばい。
ハーネスのバランスが取れていれば、握力などはあまり使わないのだが、バランスが崩れているのでそうもいかない。
調子に乗って湾の中央部を遙かに越えたところまで来ている。
ターンして戻ろうとするが、握力が萎えているのでマストを自分の手前にキープ出来ずに風下に倒れてボードから沈してしまう。
ウォータースタートの体勢を作るが、ドラフトを深くしたセイルは自らの揚力で浮き上がろうとして持ち上がり角度が変わると風に押しつぶされて上下にバタバタと暴れ出す。
かなり、風が強い...おまけにセッティングも最悪だ。
出てきた岸はかなり遠くに小さく見える。
かなり、風上に登らなければ帰れそうもないように見えるが、普段なら難なく帰れる角度でもある。
風の強弱を読んでブローとブローの合間を狙って走り出そうと水中に首まで浸かったままでブームを握って待つ。
見る見る流されて沖に流れて行くのが判る。
見ている間に、出てきた岸が左(風上)へと動いて行く。
つまり自分が相当な速度で右(風下)へ流れているのだ。
しかし、ここで焦ってはいけないと自分に言い聞かせるが、ウォータースタートを二回失敗する。
風に煽られて反対側へセイルと共に叩きつけられる。
なんとか、セイルを手放さずに済んだ。
この状況でボードが体から離れたら、あっという間に風に飛ばされて沖に消えていってしまう。
海の中には、自分の体ひとつになってしまうのだ。
それでは生きて帰る自信はない...。
焦っているなと、自問自答する。
出てきた岸は、どんどん遠くなる。
それでも風の合間を待ち、無事水中から飛び出してスタートする...
たちまち自分の意志とは反してプレーニングを始めるボード。
まだハーネスも引っかけていないしストラップにも足が入っていないから踏ん張れないと言うのに、風が相当強くなっている。
一旦セイルを開いて風を受けないようにしてから体勢を作り直し、セイルを引き込む。
風上登ろうと試みるが腕が上がっていてブームを握り込めない。
元来た場所に行くのは諦めて、岸に着く事を優先する。
しかし、岬の突端を過ぎれば岸はない...。
セイルを開いて負担が少ないようにするが、それでもボードはプレーニングして加速する。
スピードが出たところで勢いを利用して風上に切れ上がる。
目標は岬の先端の岩場だ。
通常なら波があって岩場に叩きつけられるのが関の山だが、風向きが台風のうねりを潰す方向に吹いているので、なんとかなりそうだ。
ボードは最悪諦める必要がある。
その覚悟はした。
波のトップに乗って岩場に乗り上げ、波が引いたタイミングを狙ってボードが岩に当たる前にボードから飛び降りる。
これだとボードのダメージは少ないし、波に足を取られる危険も少ない。
セイルは持ったままで先に岸に飛び降りて、マストごと綱引きのようにボードを引き上げる。
行動するスピードが命だ。
遅れると次の波に持って行かれる。
ボードを波に合わせて強引にたぐり寄せる。
多少ぶつかっても構わない、直せば良いのだ。
波の来ない場所まで一気に駆け上がりボードとセイルを風の抵抗にならない位置に置くと、腰を下ろした。
一気に力が抜けた。
息が上がっている。
息がまともになるのをまって、歩いて車を置いてある場所へ行き、車を近くまで持ってきてボードとセイルを収納した。
出艇した場所に戻り、セイルをばらす。
ウェットスーツのまま、仰向けになって寝る。
もう、引退しようかなと思った...
自らの過信が招いた結果だったが、それが許せなかった。
風は相変わらず強く車の窓を叩いていた。
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