富士登山


2007年は二回富士山へと登った。
一回目は、念願だった独りだけで山頂の山小屋に一泊しての御来光を迎え、二回目は仕事仲間を誘って登った。
二回目の富士登山はアクシデントがあり(「そして五回目の富士登山」の記録参照)色々考えさせられた。

それは、やはり運に頼ってはいけないという事。
お金はかかるけれど、富士山に登る人は装備を揃えて登るべきだと思う。
軽装で登ってなんとかなるのは、単に天候に恵まれ体力に余力がある時だけだろう。
特に、体力に自信は無いし登山(ハイキング含む)もした事が無い人が「富士山に登りたい」と思うなら、装備は揃えて欲しい。
より安全に、より快適に登る為に是非そうして欲しい。

普段、登山などをしていない普通の人達が登る事が出来る3000m超級の山なんて他には無いのではないだろうか..
無論、激しく天気が荒れれば装備が整っていても引き返すべきだが、それでも軽装備の人達よりは確実に安全だ。

富士山は、「一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という言葉があるそうだ。
一度で充分だという言葉の裏には、よほどの辛い想い出があるのだろう。
しかし、そんなに辛いのだろうか?

富士山は辛い、もう沢山だ、二度と登りたくないという人は多い。
身の回りにも少なくない。

でも、辛いのは無理をしているからではないのかなと、そう思うのだ。

軽装で登れば途中から真冬のように寒いし、登り切っても山頂で景色を楽しむどころでは無いだろう。

空気は薄いし息が切れると、どんなに呼吸を繰り返しても空気が入ってくる気がしなくて苦しいだろう。
夜空を仰いで、もう二度と登るものかと思う事もあるだろう。
(事実、7合目あたりで体力を使い果たして、登山道脇で寝込んでいる人を多く見かける)

軽装で雨に降られれば、ビニールの雨合羽は汗の蒸気で曇り、雨に濡れてもいないのに自分の汗と蒸気でずぶ濡れになり、それが冷えてガタガタ震える程辛いだろう。

必死で、前を行く人に置いて行かれないように自分のペースを超えて登って行けば、心臓は早鐘を打ち体力は消耗し薄い空気に高山病の症状も出てくるかもしれない。
疲れ果てた体と心で、まだまだ上に連なる山小屋の灯りを見上げれば、絶望感に駆られるかもしれない。

もう嫌だ嫌だと思いながら必死で登って見れば、寒くてやってられない山頂。
目的の御来光を見終わったら、即座に下山する人達の多さ...

そうして、下山してから言うのだ。
「富士山は一度登るべきだよ、でも二度登る気はない」と...


でも、ちょっと待って欲しい。
ちゃんとした最低限の装備を揃え、自分のペースでゆっくり登ってみたら答えは違っていたのでは無いのかと問いたい。
ハイカットの軽登山靴を履き、安い物でも構わないからスパッツを巻き、重量の軽い防寒具を着込み、通気性の良い雨具兼用の防風着を装備して首周りの防寒にも注意し、防水性が高く通気性の良い手袋をして、ストックを両手に持ち登ってみて欲しい。

他人のペースではなく、自分のペースでゆっくりと息が切れない速度で登ってみて欲しい。
水は一気に飲まず、ポカリスエットなどの電解質を含んだスポーツ飲料をこまめに一口ずつ飲んで登って欲しい。
必要以上に摂取した水分は尿として排出したくなり、それもまた辛い要因となるのだから。

背負うザックは、登山用のウェストベルトが付いていて腰で重量をサポートできる物で無ければ、肩に食い込むベルトに苦しめられるだろう。
充分な装備を入れられる容量が無ければ、必要な何かの装備を諦める事になり、結局辛い想い出しか残らないだろう。
かといって、背負って登れる限界を超える荷物を背負うのも本末転倒しているのだが..

辛かったのは富士山が悪かった訳ではないのだ。
恐らくは、自分自身の準備不足と軽装備と自分のペースを超えた登り方が多くの要因だろうと思う。
一度限りかもしれない富士登山に、数万の出費は出来ないかもしれない。
しかし、装備があれば辛い思いは相当軽減できるし、登り方一つで体力的な辛さも軽減できるのだ。

繰り返して書くが、軽装備で登れるのは天気の運が良くて体力に恵まれている人だけなのだから、甘く見ないで欲しい。
せっかく登るのだから、お金を惜しんで辛い想い出を残してどうするのかと聞きたい。
お金をかけると言っても、ブランドに頼らず道具を選んで購入すれば大きなお金は必要無いのだ。

どうせなら楽しく美しい想い出を残して、また登りたいなと思えるような富士登山にしてみてはどうだろう。

二度登る気にならないのは、自分が悪いのではないですか?
そう思うのだ。

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