![]()
2001/08/25-2001/08/26 富士宮口より
東風吹かば、思い起こせよ9合5尺
昨年(2000年)の8月末にも富士山へとチャレンジした。
出発が22時少し前、ハイペースで前を行く仲間に付いて行こうと頑張った結果は、凄い汗とと息切れだった。
序盤にエネルギーと体力を使い果たし、6合目辺りから遅れ出す私を含めた数名...
冗談ではなく足は動くが肺が酸素を求めて喘ぐので、息が続かずに数10歩いては休憩の繰り返しだった。
7合目、8合目は地獄の苦行だった。
下しか見ない、見る余裕がないから前を行く他人の後に着いて行くだけ。
前が停まれば、これ幸いと停まって休憩。
よく見れば、渋滞ではなく前も休んでいるだけで、横をすり抜ければ前に行けるのだが誰1人そうする人が居ない。
そう、みんな苦しいのだ。
9合目を過ぎる頃にやっと身体が慣れてきて、意識がはっきりしてきた。
9合5尺の山小屋を過ぎて鳥居をくぐった辺りで仲間とはぐれる。
マイペースで登る。
息は楽になったので、山頂を目指す。
他の仲間は先に行っているだろう。
山頂まで、あと数10mという所で仲間を見つける。
1人ダウンしている、どうやら高山病のようで苦しそうな様子。
山頂を見上げると、あと数分という距離だ。
高山病は無理すると死ぬこともあると聞いていたので、ここまで来れば登ったも同じだと自分に言い訳して一緒に下山する事にした。
付き添いでもう一名、計3名で日が昇り始めた山腹を下る...。
登りも辛かったが下りも辛い...膝と太股に力が入らないので何度も転びそうになる。
山頂を振り返って、また来年、来年は登るぞ!と、そう心に誓った。
愛宕山の御利益か、リゲインの効果か楽勝だったリベンジ
富士登山の2週間前に、トレーニングを兼ねて京都の愛宕山へ登った。
片道4km、約2時間半で山頂の愛宕神社へたどり着いた。
これはきつかった。
足も、棒のようになって、翌日からの観光は台無しとなったのだが...
富士登山前日、残業で午前様となり睡眠不足となるが、何故かいつもと同じ時間に目覚めてしまう。
集合は15時、14時には三島駅に知人を迎えに行くので13時には部屋を出なくてはならない。
今回準備したのは、ポカリスエット1リットル、ミネラルウォーターのペットボトル4本(これだけで3kg)、リゲイン6本分の入ったペットボトル、何故かDIYショップで見つけた飯盒と燃料のガス、バーナー、フリーズドライのお粥、カップのコーヒー、ヘッドランプ、ヘルメット、下山時用の帽子、防寒用フリースの手袋、透湿素材の雨具、厚手のトレーナー、フリースの上着、防寒用のジャケット、マフラー、タオル、ホカロン、携帯用の蛍光灯(これが思いの外役立った)、デジカメ、交換用の乾電池16本(重い)、自作の杖。
無駄な物が入っているのでバッグは重い...少し心配になったがなんとかなるさと出かけることにした。
五合目の駐車場に着いたのは17時半頃、少し仮眠するが、眠れる訳もない。
ここで、気圧に体を慣らして21時半に出発。
今回はリーダーがスローペースの指示を出してくれたので非常に楽だった。
6合目を難なく過ぎて7合目を過ぎても息が切れない。
汗さえかかないのだ。
適度な風が心地良い程で周りを観察する余裕もあり、昨年の地獄の行程が嘘のようだった。
役に立てば良いなと思っていた蛍光灯は、驚くほどの明るさで広範囲を照らしてくれるので、後ろからみんなの前を照らしてやる余裕すらあった。
おまけに、長持ちする。
単三のNiH充電池で4時間は持つ。
8合目を過ぎたところで一度交換しただけで余裕だった。
とにかく明るい。
周りの様子がよく見えるので、そう言う意味でも登りやすい。
9合五尺を過ぎた鳥居の辺りで1人ダウンしたので、荷物を一緒に背負って登ることにしたがそれでも息が切れない。
そこからは渋滞で更に遅い行程となったが一気に山頂までたどり着いた。
途中、昨年断念して引き返してきたポイントを見つけたが、感慨深いものがある。
今年は勝った、そう思った。
最初から最後まで、口で息をする事もなく登り切ったのだから、我ながら偉いなと思った。
それにしても、やはり自分のペースなんだろうな、重要なのは。
登山道に近い山頂の小高いポイントは人で一杯だった。
溢れてこぼれそうなくらいだ。
日の出まであと10分程あるので、人混みをかき分けて山頂の東側へと向かう。
そちら側まで来る人は、あまり居なくてベストポイントを見つけて腰かけて待つことにした。
目の前には雲海が広がっている。
東の空がオレンジ色に明るくなってくる。
当日の日の出は4時45分だ。
時間になった...空も更に明るくなって...
そこへ見る見るうちに黒雲が西から空を覆っていく。
まさに狙い澄ましたタイミングとしか言えない。
しばらく待つが、山頂は雲の中に入ったようで、見る見るうちに気温が下がっていく。
上はジャケットでなんとかなるが、手袋の中の指と足が寒い。
足は厚手のワークパンツだけなので、当然と言えば当然。
ドラゴンの血を唯一浴びなかったヘラクレスの背中のように、そこは弱点となった。
寒い...ホカロンが効かない。
隣で一緒に待っていた知人の睫に霜が降りたように白くなって行く。
強烈に寒い。
諦めて、元来た山頂のトイレの方へと戻る。
そこで、他の仲間と合流するが、寒いの早く降りようと言われる。
そこが団体行動の辛いところだ。
まだ、お鉢巡りも、測候所へも行っていない。
だが、仕方ないので諦めて、また来年(おいおい...)にするかなと思い直して下山することにする。
下りも、足は元気で快調である。
こんな事なら、来年もまた登っても良いかなと思った。
2001年8月27日で夏山登山のシーズンは終わった。
これ以降は山小屋も閉まってしまうが、本当に登山が好きな人は混雑しないこれから登るそうである。
しかし、すぐに富士山は初冠雪のシーズンとなるので、わしら素人が登る山ではなくなるのだ。
全員が無事に登れて良かった。